【多拠点実践者の声 vol.3】3拠点生活実践者、功力さんの地域への想いと暮らし方を紐解く。

仕事の拠点である山梨県韮崎市北杜市・東京、暮らしの拠点である神奈川県葉山で3拠点生活を実践している功力昌治さん。ベンチャー企業の新規事業開発や再生事業に携わっていたフリーランス期間を経て、「地元・韮崎に貢献したい」というビジョンのもと2017年5月に株式会社8Labを設立しました。今回は、そんな功力さんの梨北(山梨県韮崎市と北杜市の総称)での取り組みや3拠点での暮らしについてお話を聞いてきました。

変化していくことでの希望を生み出したい。

ーー現在の仕事内容とこれまでの経歴を教えてください。

功力さん:現在は地元、山梨県の梨北エリアで株式会社8Labの代表をしています。「明日への希望となる場・仕組み・事業・人を創り出す」ことをメイン事業とし、地域にある勿体無い施設や人の再生・復活を手がけています。今年はRe:Hokuというプロジェクトが始動します。

これまでの経歴ですが、僕のキャリアは大学時代のNPOでのインターンからスタートしています。国際政治のゼミを専攻しており、国際NGO/NPOの活躍の反面、日本のNGO/NPOの資金力と影響力の低さを知り、何が違うのだろうと考え、それを知るために就職ではなく、休学してインターンをすることに決めました。インターン先のNPO代表の方はMBAの経営学をしっかり学んで、マーケティング、戦略、採用を設計していたから上手く行っていたことが分かったんです。

その時に「想いだけじゃダメなんだ、力をつけなければ!!」ということを実感しました。「想いは持ってるけどうまく行っていない人を支援したい」という思いからまずは自分が力をつけるために大手企業ではなくて、ベンチャー企業に就職しました。

ベンチャー企業の経営者に右腕となる人をヘットハンティングしてのマッチングや、障害を持っているけど健常者と一緒に働きたい人と企業のマッチング、雇用する企業側も一緒に働けるようにマインドセットの支援の仕事をしていました。

リーマンショックの影響で1社目が倒産してしまい、転職をすることになりました。1社目でベンチャー企業の採用の仕組みに違和感を抱いていたので、「人材業界の仕組みを変えたい!」という思いと「自分で事業を作る」という経験をしたかったので、創業期の株式会社リブセンスに入社しました。IT×人材の新規事業開発に携わったり、組織が十数人から数百人に大きく成長するタイミングだったので、組織マネジメントに携わったりしていました。4年間でめっちゃやりきりました!笑

その後はマレーシアに子会社を持つ会社での海外新規事業を経て、フリーランスとして独立しました。

ーー功力さんのこれまでのキャリアの経歴に共通していることは「人材」「新規事業開発・再生」というキーワードがありますが、その原動力となっているものはあるのでしょうか?

功力さん:人や企業が変わっていくこと、復活していくことの光景を見るのが原動力でした。自分が高校時代に引きこもりを経験して、「自分を変えるには行動しかない」って思ってことが原体験にありますね。

なので自分は大学時代も就活のルートを一回外れて休学してインターンする道を選んだり、
就職も大手を蹴ってベンチャーに入社したり、「新しい自分になれそうだな、」を常に選択して来ました。その自分の経験があるからこそ、「人が変わる」光景やプロセスに感動したり、応援したくなるんですよね。だから「自分を変えていくこと、[ Re: ]することの価値を多くの人に体験して欲しいって思っています。

ーーフリーランスへ独立のきっかけはなんでしたか?

功力さん:10年の経験を会社で最適化ではなくて、「社会で最大化」したいって思ったことです。
会社員であれば自分の力を会社に最適化しなくてはならないのだけど、そうではなく自分の力を社会で使うことをしたい、社会のもっと大きいところで役立つこととかや力使うことをしようと思いました。フリーランスとして独立し、複数のベンチャー企業の新規事業開発や再生事業に携わっていました。

地元に貢献できることを実践し始めて見えた希望

ーーフリーランスから2拠点、そして8Labの創業のきっかけはなんでしたか?

功力さん:フリーランスでどこでも仕事が可能だったので、ある日エイト(息子さん)を膝に乗せて特急電車で韮崎に帰って来た時、「二拠点しながら韮崎で仕事できるんじゃないか?」と気づいたんです。

祖父が功力商店で商売するのを見ていて、「地域の経営者として商売をして地域に還元・貢献することへの憧れ」があり、自分もそれになれるんじゃないかなぁ、と思ったのがきっかけですね。

社名は1社目だから息子の名前入れたいな、と思っていました。エイト、はち、8、∞(無限大)、!韮崎と東京、、行ったり来たり、、∞、ぐるぐる、、(∞を指で描きながら、、、)色々トライできたらいいな、実験、、ラボ、、!?8Labいいんじゃない!?って閃きました!(特急の中で!笑)

Uターンではなく「2拠点で経営することに挑戦」して「2拠点経営だからできる事例」を作りたくて、2017年の5月に8Labを創業しました。

ーーなるほど、8Labの創業のきっかけにはお祖父さんの姿も影響されていたのですね。
最初は地域の人とはどのように繋がって行ったのですか?

功力さん:僕の場合は有難いことに功力商店が地域のしっかりとした商売人だった印象もあり、地域の人がいろんな人に紹介してくれてどんどん繋がって行きました。ご縁を繋いで頂いて2018年5月には甘利山グリーンロッジの委託管理が始まり、8Labの活動がスタートできたのはこの時期ですね

ーー2拠点で8Labとして活動し始めて、韮崎の変化は感じていますか?

功力さん:「ロッジ頑張ってるね!いいね!」のムードが少しずつできていて、8Labのミッションの手応えを感じたのはRodgeです。地域の人は、地域の場所とかモノとかヒトの復活していくストーリーに喜ぶんだ、「これから地域が良くなりそう!」=明日への希望を感じるんだ、というのを実感しました。8Labが地域が [ Re: ] していくのを作り出すことができる存在になれるな、って思っています。

ーー2019年6月には生活の拠点を葉山に移し、3拠点居住を始めたんですよね。3拠点生活を始めての変化や大変だったことはありましたか?

功力さん:最初は拠点を増やすデメリットを感じていました。交通費などの活動経費がかかるはもちろんあるけど、最初の数ヶ月は3拠点の環境の変化に体調がついてこなくて、苦しかったですね。東京の大都会、葉山の海の暖かいのどかな感じ、梨北の山で凛と冷たい感じ、と全然違うモードの3拠点だったから体はしんどかったですね。(笑)

それを乗り越えて今は3拠点をうまく使えています!ギアで例えると、東京はハイでバリバリ仕事モード。梨北はミドルで、フィールドワークしながら地域の人と関わる。葉山はロー・オフ、家族の時間。仕事を完全に忘れてオフにして、体調とメンタルを整えることで会社とチームにいい影響を持っていけるように意識して過ごしています。

そういえば、「35歳で父親と起業家を両立したい」という就活の時に設計していた将来ビジョンが今できているんです!韮崎と東京の2拠点の時はどちらでも仕事モードすぎて両立があんまりうまくできてなかったけど、生活の拠点を葉山に移してから今の3拠点で結果的にすごくバランスが取れてよかったです!Re: LIFEしました!!

ーー3拠点生活で実感している事はありますか?

功力さん:時間的物理的な制約があるからこそ真剣に自分の人生を生きれると思います。その場所に居られる時間が限られてるから、自分ができる限界が知れました。その上で自分が何をやりたいのか、できることは何か、を真剣に考えるようになっています。

あと梨北フィールドワークで人と話す時や自然の中に行く時、「この人面白い!」や「ここめっちゃ素敵な施設なの勿体無い!」などの魅力発見のアンテナが強くなりました!

よかったことは、韮崎の商店街の寂れていく光景に寂しさを感じてなんとかしたいなーと思っていたことに今向き合えて、8Labで実践できていることです。そのまま東京で仕事し続けていたら、大切なものを見落としてずっとモヤっと心に残っていたと思います。

次のステップへの挑戦、Re:Hokuプロジェクト始動

ーー功力さんの今後の展望を教えてください!

功力さん:2020年はRe:Hokuプロジェクト始動の年にします!
[ Re: ]いうのは、変化、復元、再生の意味のある言葉で、8Labの活動フィールド、山梨県韮崎市・北杜市の梨北エリアを拠点とした事業・仕組み・場・人のRe:Hokuプロジェクトのコンセプトです。

ーーRe:Hokuで実践していくことや役割を教えてください。

功力さん:Re:Hokuでは梨北で挑戦する人がいっぱいいて、地域のおじいちゃんとか、若手のUターン人材もいれば、都内の応援してくれる仲間もいる、というウチとソトが混ざり合っていく一つの集合体のコミュニティを作って行きたいんです。そこに「楽しみな事業・仕組み&経済的に成り立つ仕事」を作り出して行くことです。

2020年代に「東京に住む理由」を考え直し、地域に関わりたい・働きたい・暮らしたいという人のための面白い仕事や場所やコミュニティを作っておくことがRe:Hokuの役割であり、やっていくことです
Re:Hokuのコミュニティには地元のおっちゃんからU・Iターンした若者、都内の応援してくれる人など様々な人がいて面白いです。

まずは2020年代に、 梨北をいろんな[ Re: ]を肯定する地域にしにて行きたいと考えています。自分も3拠点で常に [ Re:]しながら、Re:Hokuを作って行くし、自分の限界があるからこそ、ウチとソトからいろんな仲間が集まってくる、そんな面白い地域にしたいです!

そして2030年代にはRe:Hokuモデルを全国の地域に出して行く事が最大のチャレンジですね!Re:Life Re:Work 、Re:Try、Re:Startする大人が溢れ、大人を真似て、子供や若者が自然とRe◯◯をしていく。その子どもや若者を地域の大人が歓迎して見守っていく。そんな善循環がいろいろな地域が増えていけばいいなって思っています。(Re:Hoku 活動事例紹介ページはこちら

ーー最後に2拠点での新しい働き方や暮らし方をしたい人へのアドバイスをお願いします!

功力さん:自分にとっての今できる[ Re:] を小さく始めてみてはどうですか?
2020年代は世の中の変化のスピードがさらに上がっていく時代です。AIはじめTechnologyで仕事や生活の環境がどんどん変わっていく中で、誰かや環境で受け身で変えられるのってストレスかかると思います。だからこそ自分から変化をすること、Re:Life、 Re:Workをすることがオススメです。大変そうに見えるけれど、自分で決めるからすごく納得感のあることですよね。

あと、地域に寄せすぎるのは気をつけたほうが良いと思います!自分が何のためにはじめたのか?やりたいことはなんだったか?が叶えられないとストレスで苦しんでしまうと思うんです。かといって、自分のやりたいことだけやってると地域の人が全然応援してくれないからそれはできないことになってしまいます。自分のやりたいこと・好きなこと、できること、そして「地域の人の願い」をどう重ねるのかが大事だと思います。

取材を終えて

「常に[ Re: ]する」。
功力さんの3拠点生活のベースにあるのは、常に変わり続ける自分であることでした。功力さんが明日への希望へ向かって変化し続ける方であるからこそ、Re:Hokuにはいろんな人やコトが流動して起こり続ける、面白いコミュニティになって行くんだ!と私もワクワクするインタビューとなりました。

輿石 真帆

輿石 真帆 (山梨の美味しい食材を使ったごはんをつくるひと)

山梨県甲府市出身。小さい頃から料理が好きで、学生時代にはカフェを経営。新卒で6次産業の飲食企業に就職。生産者と消費者を繋ぐ役割の素晴らしさ、接客の楽しさを実感しながら渋谷の居酒屋で副店長として奮闘。その後山梨にUターンし、地元の食材を使ったフレンチレストランで働く中で「山梨の食材の豊かさ」に気づく。現在は、法人やコミュニティの宿泊研修での合宿での食事提供、ごはんイベント企画、出張料理などの「山梨ごはんのある場づくり」活動中。山梨の農家さんとの収穫体験ツアーなども実施している。

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